このコーナーでは、何を今更と、お思いでしょうがSMAPのメンバーを紹介します。
草g 剛(くさなぎ つよし、1974年7月9日生まれ)
日本の男性スーパーアイドルグループSMAPのメンバーである。所属事務所はジャニーズ事務所。血液型はA型。
愛称は「つよし」、「つよしくん」、「つよぽん」、「つよちゃん」など。身長170cm。イメージカラーは黄色。
愛媛県西予市生まれの埼玉県春日部市育ち。
小学生のときは器械体操部に所属し部長を歴任。国体→オリンピック出場を目標にしていた。 その後、テレビで見た少年隊に憧れてジャニーズ事務所に履歴書を送り、1987年6月、 ジャニーズJr.のメンバーとなった。
お笑い芸人のビビる大木とは同じ春日部育ちで同じ幼稚園及び中学校の同級生であり、お互い知っているが、剛くんは笑いを取るために大木のことを気遣いあえて「知らない」ことにしている。
1988年4月、13歳の頃スケートボーイズの中からSMAPのメンバーに選ばれる。
堀越高等学校を埼玉の実家から3年間無遅刻無欠席の皆勤賞で卒業。堀越学園卒業時に全コースから学業優秀、品行方正の卒業生1人に贈られる堀越賞を受賞した。なお、卒業後に活躍した有名人も数多い堀越高芸能コース卒業生であるが、芸能コースの生徒で受賞したのは剛くんが初めてという快挙であり、その後も声優・歌手の水樹奈々しか例が無い。堀越学園には「草g剛伝説」があるらしい
当初ツヨポンはSMAPのメンバーの中でも目立たない存在だったが、1997年にドラマ『いいひと。』で一躍ブレイクした。
1999年に『蒲田行進曲』(2000年に再演)のヤス役を演じた事をきっかけに、役者としての才能が開花。 「彼には教える事が何もない」「彼はジャニーズの白い悪魔である」「天才であり天使である」 「彼は魔物を持っている」と、つかこうへいをして言わしめた。 その演技に対しては“つか作品ファン”をはじめとした舞台通からも絶賛され、これにより草gの演技力は、 幅広く認知されることとなった。その後も多くのドラマ・舞台・映画などに出演。
2003年、初主演映画『黄泉がえり』(共演:竹内結子・柴咲コウ)が異例の大ヒット&ロングラン。
2004年6月25日には主演映画『ホテルビーナス』がモスクワ国際映画祭に出展され、パースペクティブ・コンペティション部門の最優秀作品賞を受賞。
2003年の長者番付ではジャニーズ部門で首位になった。
2003年まで5年連続男性ベストジーニストに選ばれ、殿堂入りを果たす(これまで6回受賞している)。
2005年12月7日放送の『2005FNS歌謡祭』では初の司会を担当。
2006年夏、柴咲コウと共演した『日本沈没』が初登場1位、興行収入50億円を突破する大ヒットを記録。 過去のジャニーズタレントが出演した実写映画の中でNo.1ヒットとなった。また、アジアや欧州など16カ国で上映されることとなり、韓国においては210館と日本映画としては『ハウルの動く城』(237館)に次ぐスクリーン数(実写としては最大規模)で上映され、邦画としては初めて初登場1位を記録した。
毎年正月休みはほとんど、伊豆にあるタモリの別荘で過ごしている。そのため、タモリの遠い親戚等に「一義にこんな息子がおったと?」と言われたらしい。
草なぎ剛は韓国語を熱心に勉強し、日常会話には不自由なく、韓国の芸能人とも全て韓国語で話せる。その模様は、コンサートやテレビ番組などで度々韓国語を披露しているほか、毎週金曜日(土曜日未明)深夜1時35分からの番組『チョナン・カン』で見ることができる。
「チョナン・カン」とは「草g剛」の漢字を韓国語で音読みしたものだが、「なぎ」(ナン)の漢字は韓国で使われていないため、類似の漢字「薙」の読みを当てたものである。なお、韓国語の発音に準拠すると「チョナン・ガン」になる。
バラエティ番組の企画が発端となり、「チョナン・カン(???; Chonan Gang)」として韓国でバラエティーや『シットコム』に出演し、韓国語でCDを日韓同時にリリース。ケンタッキーフライドチキンのCMにも出演した。そのCMに流れるCMソングもチョナン・カンが歌うものである。 報道番組での盧武鉉大統領との対談は、日韓同時放映された。
「ホテルビーナス」で持ち前の演技力を発揮した事で、韓国でも「演技派俳優」として認知されている。 韓国では「SMAPのチョナン・カン」より「チョナン・カンがいるSMAP」として認知されている面が強いが、もちろんSMAPとしても絶大な人気を誇っている。またチェ・ジウが『SMAP×SMAP』に出演した際には「チョナン・カンだ!!」と驚く様子が見られ、日本人に韓国の芸能界でも知られた存在だという事を認知させた。 チョナン・カンとして訪韓した際は、雑誌の取材、テレビ出演と引っ張りだこである。